角川春樹句集『健次はまだか』一句鑑賞

国敗れたる日や天にこゑもなし    角川春樹

「国敗れたる日」とは敗戦日を指す。しかしここでは、昭和二十年の八月十五日であると規定したい。あの日、日本列島は抜けるような青空が広がっていた。昭和天皇の終戦の詔勅を聴いた。直後、人々は言葉を失い、しいんとした静けさに包まれた。完璧な無の瞬間。まったく言葉のない世界である。あるのは、強い陽の光のみ。鳥の声もない。人の声もない。神の声すらない。どこまで行ってもたどり着けない、しいんとした、絶対的な静けさ…武力による全的敗北とはそうゆうものであろう。この絶対的な沈黙は何を意味するのか。天籟が聞こえたのだ。そしてその天籟は、角川源義においては国語教師を辞めさせ、「角川書店」を興させる声となった。柳田國男、折口信夫を師系とする民俗学徒であった源義は、占領下の教師という役回りを演ずることに納得できなかったのだろう。そして、先の大戦の敗北は、「軍事力の敗北であった以上に文化力の敗退」でもあることを思い知った。源義には<敗戦の日や向日葵すらも陽にそむき>という痛切な一句がある。掲句は、父・源義に対する春樹主宰の渾身のオマージュである。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中