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こんにちは。

上泉呑海俳句航海記へ、ようこそ。ご訪問ありがとうございます。

心の奥底から湧き上がってくる詩(うた)を新しい旋律に出来ればと、祈っております。いつの日か、哀切な清冽な詩が駆け抜ける日を。

「詩」を「声」にひろげ、生者の声と死者の声が共存し、活きる言語空間を。現代のなかに古代があり、「声」が「詩」になり、また「声」に戻る世界を。

一つの民族の血と土に根ざしていない詩は、悉く無力な修辞に過ぎないと、愚考しています。

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2018/10 呑海俳句

敗戦日海図に波が立ち上がる

英霊の登舷礼や雲の峰

たつぷりと夜の紅茶を百猿忌

新涼や上七軒の路地明り

夏の蝶大海原へ押して行く

呑海俳句2018/09

神保町闘魚がジンを呑んでゐた

シャンパンに午後のひかりやバルコニー

海の日に海鳴り聞こゆジンライム

遠花火父の未完の肖像画

サーフボードかの日の波を待つてゐる

呑海俳句2018/08

夏至白夜クルーズ船のジャズピアノ

基地の空飢ゑてゐるなり沖縄忌

在日米軍へ上目遣ひの暑さかな

浜昼顔過去の過ぎゆく無人駅

夏至の雨アイリッシュパブの窓明り

自句自解(俳句春秋)2018/夏

 在日米軍へ上目遣いの暑さかな

在日米軍は、日本に70年以上にわたって居続けている。そのことに対して、今の時代精神とは違うかもしれないが、私の中には絶えず、こんなことでいいのかという疼きがある。その疼きを一句に落としたかった。(季語・暑さ)

 夏至の雨アイリッシュパブの窓明り

横須賀を訪ねた折の一句。私は逗子で育ったため、横須賀は幼いころからよく出かけた街である。上記のような思いのある私は、その疼きを抱えながら米軍基地、空母、米兵を見てきたということになる。ところが、その基地の街は今や日本人観光客によって安っぽく大量に消費されている。嗚呼。(季語・夏至)

 浜昼顔過去の過ぎゆく無人駅

学生時代、友人たちと車2台で北海道を旅した。駅の名前も忘れてしまったが、小さな無人駅のそばに浜昼顔が海に向かって咲いていた。なにげない一光景だが、私の心の奥に深く降りて行った。今でも浜昼顔を見つけると、ついその沈澱に浸ってしまう。(季語・浜昼顔)

呑海俳句2018/07

リラ冷えやクレージーホースの楽屋口

寺山忌流離の果ての非常口

白南風やトランペットの慰霊祭

それぞれの海にヨットの走る日よ

けふもまた桜蘂降る母の椅子

呑海俳句2018/06

花の雨きのふの海の昏れ切らず

かざぐるま失くした時間がこぼれ落つ

海からの手紙来てをり春の月

いつぽんの桜の吹雪く父の椅子

父の樹の桜浄土となりにけり

自句自解(俳句春秋)2018/春

擦り切れたデッキシューズや風光る

「モノ俳句」とは、モノに託して自己を表現する俳句のことである。「擦り切れたデッキシューズ」というモノには、人生も後半の半ばを過ぎたという私の思いがある。ところが、「風光る」季節になると海に戻りたいとの気持ちがふつふつと湧いてくるのもまた事実。(季語・風光る)

花の雨きのふの海の昏れ切らず

4月7日は戦艦大和が沈んだ日。直接、大和のことを詠んだ句ではないが、大和への鎮魂が私の血肉となっている。作者としては、大和の忌は民族の一大叙事詩であると確信している。読者それぞれの実存性である「きのふの海」に触れんことを。(季語・花の雨)

逃げ馬の春が一瞬過ぎて行く

寺山修司は逃げ馬に賭けるのが好きであった。競馬は人生の縮図。先行逃げ切りの馬は、負けることがわかっていながら逃げ馬にならざるを得ない。しかし、時には疾風のごとく駆け抜けて勝つ。だから、季語はやっぱり青春の「春」だ!(季語・春)

呑海俳句2018/05

淡雪や時間の束を見てをりぬ

春光の昭和のこゑや父の椅子

擦り切れたデッキシューズや風光る

本牧のジュークボックス春の雨

かざぐるま母の昭和が哭いてゐる

呑海俳句2018/04

日脚伸ぶコインランドリーの赤き椅子

風のこゑ鷹のこゑある父の天

帆走の彼方に父の寒北斗

デモの雪神保町の暮れゆけり

VANジャケツ「さぼうる」辺り逆光す

呑海俳句 2018/03

父の樹のはるけきこゑを恵方とす

父の樹の大きな空や御代の春

G線上のアリア水なきプールに年逝かす

冬薔薇いつもの海を見てゐたり

母の灯や山茶花ちらしの雨が降る